指導者インタビュー Vol.2 秋山未空さん

インタビュー

スポーツに関わる方々の想いを発信することで、女性やスポーツのエンパワーメントに繋げたいという気持ちでスタートしたインタビュープロジェクト。2回目は高校教員として女子サッカー部の顧問を務める秋山未空(あきやまみそら)さんです。

選手としてのこれまで

サッカーとの出会い

秋山:幼稚園の担任の先生がサッカー大好きな人で、遊びがほぼ毎日サッカー。女の子たちがおままごとをしている中、私だけ男の子に混じってサッカーをしていました。小学生になる時、親に「少年団入る?」と聞かれ「絶対やる!」と入団を即決。その後に周りの男の子たちも入団を決めるという流れでした。今から2年ほど前にその先生が実家を尋ねてきたらしく、私が今でもサッカーに携わっているという話を親がしたそうです。

松田:それは幼稚園の先生にとったらすごく嬉しいことですよね。

秋山:そうですね。教員としてもすごく憧れる話です。

サッカー漬けの小中高

秋山:小4の時に来たコーチとの出会いが、本格的なサッカーの始まりといった感じでした。まずはリフティングを毎日やれと言われ、その結果小5の時点でチームのみんなが3000回ぐらいまで出来るようになりました。そこからサッカー自体もすごく変わって、どんどんサッカーが楽しくなっていって、6年生になった時には松本で強いと言われているクラブに試合で勝つほどチームが強くなりました。その結果に親達が舞い上がって、そのまま私たちが活動するための中学のクラブチームが創設されたほど。結局その後はそんなに強いチームにならなかったんですが(笑)

松田:クラブでは女の子はずっと一人でしたか?

秋山:そうですね。そこに関しては私が気にすることはなく、女の子扱いもされないし、逆にされたくもないし、というスタンスでした。

松田:フィジカル的な差を感じたりしたことはなかったですか?

秋山:それはありました。小1からずっと試合に出ていて、小6は副キャプテンもやって、男の子の中でもバリバリやれている自覚はあったのですが、中2の夏休みで急に走りについていけなくなりました。そのせいでサッカーから少し気持ちが離れましたが、そのタイミングで初めて女子の県トレに参加し、女子の中でやるサッカーがとても楽しく、やっぱりサッカーやりたい!となったのを覚えています。

秋山:当時、トレセンの一つ上の先輩たちが能力のある人たちで、福井工大とかに進学したので私もと思っていましたが、様々な高校の練習体験に行った結果、十文字高校の活動にビビッときてしまいました(笑)とにかくかっこよかった。先生に対して大きい声で「はい!!!!!」と言ってるあの空間に憧れてしまい「もうここがいい!」と即決。結局その後3年間で自分のプライドをすべてへし折られましたが(笑)ただ社会人になった今でも自身を過大評価せず、地道に努力して頑張ることが出来ているのは、そこでの挫折があったからだろうという感謝はしています。

教員を志し、筑波大学へ

秋山:当時、夏のインターハイがなかった時代なので、部活を夏に引退するか冬まで残るかという時に、私は家庭の事情もあって、国公立でサッカーできるところを検討していたので、夏で引退しました。地元の信州大学か筑波大学かで迷っており、学力的に無理だろうと思っていたのですが、一応推薦は受けに行きました。そこで会場に猶本光選手(現:三菱重工浦和レッズレディース)がいて、ジャパンのジャージを着ているわけです。

松田:絶望ですね(笑)

秋山:その時そこで出会った横山亜依(現:愛媛FCレディース)が「え、終わった。もう観光やん。」と言ったことを今でも覚えています(笑)

秋山:その推薦は女子6人ぐらいしか受けておらず、これはもう彼女一択しかないと会場が悟っている中、どうせなら一生の思い出にしようと臨んだその試験でのサッカーがめちゃめちゃ楽しかったんです。十文字では毎日怒られながら訓練に近いサッカーをしていましたが、推薦の会場で初めて出会う人たちとやるサッカーがめちゃくちゃ面白くて、これは絶対に筑波大学でサッカーをしたいと思いました。亜依ちゃんとも絶対一般で受かってまた会おうねと約束して、本当に一般でお互い受かったという感じです。

忘れられない出来事

秋山:大学1年生は私のサッカー人生のトラウマです。亜依ちゃんが前十字靭帯を切ってしまったので、4月からずっと試合に出させてもらっていたのですが、インカレの1ヶ月前に3年生の國香想子選手(現・オルカ鴨川BU)がGKからFWに転向してきたことで、ポジション争いをすることに。当時の私は十文字でけちょんけちょんにされたのにも関わらず、筑波で試合に出れていたことに天狗になっていました。結局インカレでスタメン落ちして大泣き。当時監督だった三輪由衣さん(現:帝塚山大学女子サッカー部監督)に切り替えろと言われても泣きながら睨み返し、ベンチにいる時もネガティブな感情で支配されていました。そんな状態でラスト15分だけ出場し、そのまま迎えたPK戦で7番目に私が外して負けました。完全に自分のせいなんです。自分の不甲斐なさ、4年生に対する申し訳なさでその後はサッカーをするのさえ怖くなりました。

秋山:そして2年生になり、再びインカレで後半から出場し、PK戦に。1年前とまったくと同じ状況の中、由衣さんに「お前行けるか」と言われ、行けないなんて言ったらチームが負けちゃうと思って、泣きながら「行けます」と言いました(笑)由衣さんは「じゃあ7番目」とあの日と同じ順番に。6人目まで終わらず、7人目に相手が外して迎えた自分の番。前回と違うのは外しても大丈夫、決めたら勝ちという状況でしたが、泣きながらボールをセットして蹴って、無事ゴールに入りました。

松田:よかった・・・(涙)

秋山:もう外してたら罪の意識でサッカー辞めてます(笑)

松田:そうですよね。外したら大きな傷を負うかもしれない。でも乗り越えられれば大きな力になる。その状況を乗り越えた秋山さんもすごいですが、成功することに賭けてくれた由衣さんもすごいです。

秋山:あの日と同じ7番目。自分が今の生徒に同じことができるかと言ったら怖くて出来ない。そこまで信じてくれた人に出会えたことが人生で1番の宝物です。本当に由衣さんには感謝をしています。

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