備忘録 #2 女子選手の女性指導者に対する理解 

備忘録

かつて指導者として活動していた頃、自分の感じたことや考えたことを発信してみようと思った時期があったのですが、結局書いてみて「やっぱり私なんかが…」「バカにされるかもしれない…」と自信をなくして、誰にも見せることのなかった文章がいくつかあります。
現在はもう指導者はしていないのと、いつか見返したときに、自分の間違いや変化に気づけたらいいなという想いもありますので、あえてこちらで公開しておきます。
あくまで個人的な見解ですので、間違っていたり、的外れであったりする可能性があることはご了承ください。

女子選手の女性指導者に対する理解

女性指導者が増える上で、女子選手の知識や理解も必要な気がします。

もちろん選手に罪はないのですが、男性指導者の方が指導力が高いイメージがあるという調査もあるように、スポーツ界に関わる全ての方の様々なバイアスを取り除いていかないと、女性指導者のチャレンジが増えないのではないでしょうか。

例えば女性のチームが男性監督から女性監督に変わった時に、うまくいかなかった理由を性別のせいにさせられる可能性もある。女性だから。これが何よりもつらいことです。選手も同じように考えてしまうかもしれないけれど、選手を責められません。

そのために、女性指導者が当たり前にいる環境、身近にいる環境が必要かなと思います。指導者じゃなくたって、カテゴリーを超えた交流を増やして、こんなお姉さんになりたいなと憧れやロールモデルに誰かがなれれば。コーチとして完璧じゃなくても、一緒に作り上げたり、成長する過程を楽しめれば。なにより、共有共感のプロセスに価値を見出してくれれば、いいなと思います。

思えば私は身近にそういうお姉さんたちがいました。多感な小中学生の時期に大人とサッカーをする機会があり、サッカーはもちろん、サッカー以外のことも学べたこと。本当に感謝しています。

今でも忘れない、練習で4vs2をしていた時のことです。私は中二病まっただなかでした。私がパスをだした味方がボールを奪われました。味方の右足に出していたら奪われなかったであろう状況で私は味方の左足に出しました。ただその理解がなかった私は、その子の技術が低いからボールが奪われたと思っており、私はその味方に対して、なんで取られんの?といったような、表情をしました。天を仰ぐような。下手くそだなというような。それを近くで見ていた大人の選手がすかさず、「お前のせいだろうが!」と私を怒りました。いや、叱ってくれました。その瞬間、ドキッとして、恥ずかしくて仕方なかったことを今でも覚えています。ミスを人のせいにした自分、仲間よりも自分の方が優位に立っていると勘違いしていたことに気づきました。

その日から私はチームのミスは自分ごとに捉えられるようになりました。サッカーはミスのスポーツといいますが、だからこそミスに対する考え方やエラーに対してどうするかを考える力が大事だと思います。それはまさしく生きる力ですし、社会に出て必要な力だと思います。こじつけかもしれないけれど、やはりサッカーのそういうところが好きです。いろんなことが学べるから、好きだなって思えるのかもしれないと書いてて思いました。

スポーツは本来遊びで、自然なものであり、そこに教育的観点やビジネスの観点をいれることで色々歪むなあと感じることも多いですが。それでもやはり、サッカーが持つ性質と、その性質を理解した大人の女性に、私は育てていただいたと思えます。そんな大人に、女性に、なりたくて私は子供たちと接する仕事を選んでいるんだと思います。

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