かつて指導者として活動していた頃、自分の感じたことや考えたことを発信してみようと思った時期があったのですが、結局書いてみて「やっぱり私なんかが…」「バカにされるかもしれない…」と自信をなくして、誰にも見せることのなかった文章がいくつかあります。
現在はもう指導者はしていないのと、いつか見返したときに、自分の間違いや変化に気づけたらいいなという想いもありますので、あえてこちらで公開しておきます。
あくまで個人的な見解ですので、間違っていたり、的外れであったりする可能性があることはご了承ください。
指導者になってから、練習試合などで主審をすることが増えました。
選手の時は、副審をやらなければいけない機会は多くありましたが、主審はほとんどやったことがありません。やる機会がなかったというより、あったとしても絶対やりたくない。だって、ルールよくわかってないし、ファールとかわからないし、何より間違えた時とか文句言われるのが嫌だから。
しかし、指導者になり、形だけでもやらなければいけなくなりました。ただ、やり方もよくわからないので、センターサークルの中心に立っているだけ。ジャッジをするよりも、近くで子供達のプレーに対してコーチングをすることが優先。
これは指導者としてはごくありふれた感覚だと思うし、指導者がセンターサークル付近に突っ立って主審をしていることはごくありふれた光景ではあると思います。まあ、ルールに関してはなんとなくわかっていればいい。そう思う反面、本当にそれでいいのかと自問自答することが増えました。
公式戦などで主審のジャッジに文句を言う指導者をみて、あんな指導者にはなりたくないなあと思いつつも、そもそも知らないから文句も言えない自分もどうなのかなと思ったり。
ちゃんとした知識を持っている上で、ジャッジに対して文句ではなく正当なアピールをするということは、選手を守る上で必要なこともあるかもしれません。
だとしても、個人的には人がやってるサッカーだから選手も、審判も、指導者も、運営も、どんなミスに対しても寛容に、受け入れることをするべきだと思ってしまいますが。
とにかく、私自身が生涯通して女子サッカーの発展に携わっていくためにも、様々な視点から女子サッカーに触れることは大切だと思い、とりあえず3級審判員の資格を取りました!
実際に勉強を始めてみると、競技規則とか全然わかっていないことに気づき、審判としての自覚をきちんと持ってピッチに立つと。サッカーの見え方が変わることに気づきました。
今まで自分が選手たちに、練習試合は公式戦と同じようにプレーすることを要求していたのにも関わらず、自分は同じ気持ちで審判をやっていなかったことにも、少し恥ずかしさを感じました。
そしてなにより審判をすることは、選手としてのサッカー理解や競技力向上にもつながる!とも思えました。
審判目線で見るサッカーはまた別のもので、終始様々な情報を分析しなければいけません。この大変さを実際に経験すると、口が裂けても審判に文句が言えなくなります。でも根本的に、観ること、予測すること、正しいポジショニングに立つことなど意識すべきことは選手と一緒かなと感じました。
選手の目的はゴールを奪うこと、守ること。レフリーの目的は試合を正しく進めること。目的によって観方、予測の仕方、立ち位置などが変わってくることが理解できれば、よりサッカーの理解が深まるのでは?
競技力向上にもつながるのであれば、育成年代から実践を含む3級審判にトライすることは、すごく重要なことなのでは?
そんなことを思えるいいきっかけになりました。サッカーはサッカーを通して学ぶのがやはりいいなと思えました。


