備忘録 #5 親代わりってなんだろう 

備忘録

かつて指導者として活動していた頃、自分の感じたことや考えたことを発信してみようと思った時期があったのですが、結局書いてみて「やっぱり私なんかが…」「バカにされるかもしれない…」と自信をなくして、誰にも見せることのなかった文章がいくつかあります。
現在はもう指導者はしていないのと、いつか見返したときに、自分の間違いや変化に気づけたらいいなという想いもありますので、あえてこちらで公開しておきます。
あくまで個人的な見解ですので、間違っていたり、的外れであったりする可能性があることはご了承ください。

私の所属するクラブでは、選手が寮生活をしながらサッカーをしています。サッカーの指導だけでなく、生活の管理も業務としてありますが、そんな中日々感じる疑問。

親代わりってなんなんだろう。

年頃の女の子を預かることの責任ってなんなんだろう。

難しいことの様に思えて、最近ふと思うことは、そこに責任なんてそもそも存在しないということです。(それっぽく言ってみたが、このあとに続く言葉が出ない笑)

そもそも、親の代わりになんてなれないんです。親以上の存在になることなんか。もちろんそれ以上になるための責任感や情熱など表そうと思えばいくらでも努力はできるけれど、時にその情熱は失礼なものの様に思えたりする。子供にとっては親が1番だから。

血の繋がりなんて関係ない、もちろんそれもそうです。言い訳をしたいわけじゃないですが、年頃の選手を預かっていることに、そもそも責任なんて持たせたら、いや誰もやりたくないよそんな仕事、って思うんですね。

教員とか、教育関係に関わっている人は本当にすごいですが、本来家庭で行われるべき教育が学校に持ち込まれている現状を考えるなら、何事においても指導しなければいけないのはその子ではなく、その親だと思います。

何様と思われても仕方ないですが、なんだか最近ふとそう思ってしまいます。

正直に申し上げますが、寮で問題行動したり、なにか壁にぶつかった時ふんばれない選手の親御さんと話しているとだいたい(?)となってしまう瞬間があります。

こんなこと言ったら失礼ですが、本音を大切にするなら、本当にそうです。

そういう親御さんに限って、私が一番子供を理解している、とかいう。いやそうであってほしいし、そうあるべきかもしれないけど、そうではないかもしれない、っていう発想も必要で。

親と子も人と人だから。

それをわかっていない人は、近くにいる大人のせいにする。自分に矢印を向けない。攻撃の対象が若い大人なら、子供を産んだこともないくせに何がわかるんだとかいう。

じゃあ逆にお聞きしますけど、自分と血が繋がっていない子供の面倒を見て、そこに責任を持たされたことはありますか?と聞きたい。その経験がおありですか?と聞きたい。

子供と関わる仕事を重ねれば重ねるほど、子供に責任はないなと思うようになってきました。人は環境や習慣でしか育たないなと。そして最初に触れる社会、環境や人やものはすべて親から与えられるということは間違いないから。

そう考えていくと、日本の教育ってそもそもエラーが多すぎる。本当に必要なことを伝えられてないんだよなあ。

私は元々教員志望でしたが、正直今でも教員にならなくてよかったなって思ってしまいます。自分にはできない。教員の方々は本当にすごい。私もまだまだ微力だけど、サッカーを通していろんなことを変えていければいいなと思います。

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