かつて指導者として活動していた頃、自分の感じたことや考えたことを発信してみようと思った時期があったのですが、結局書いてみて「やっぱり私なんかが…」「バカにされるかもしれない…」と自信をなくして、誰にも見せることのなかった文章がいくつかあります。
現在はもう指導者はしていないのと、いつか見返したときに、自分の間違いや変化に気づけたらいいなという想いもありますので、あえてこちらで公開しておきます。
あくまで個人的な見解ですので、間違っていたり、的外れであったりする可能性があることはご了承ください。
選手との何気ない会話から、学びがありました。
その選手は、大人が好きじゃない、とのこと。それを私に言ってくるってことはつまり「私はあんたのことが好きじゃない」って言ってるようなもんだけどっていうツッコミを心の中でしつつ。
いやそんなツッコミをしてる時点で、私はいつ自分を大人だなんて思うようになったんだろうとか考えて。そんな自分を恥ずかしく思ったりなんかして。
その子は、特に学校の先生が嫌だなって思うことが多いそう。授業中、自分から授業に関係ない話をしておいて、みんながうるさくなったらキレる先生。自分の好き嫌いや性別で対応が変わる先生。子供には偉そうなこと言うくせに、自分はちゃんとやらない先生。だから大人は嫌いなんだ〜ってとこです。
まあ、誰もが通る道ですよね。私もかつては同じことを思っていたし、そんな大人にはなるもんかと思っていた。だけど今、私はその自分のなりたくなかった大人になっている気がする・・・!がーん!私はその話を聞いて、「今となってはどっちの気持ちもわかるからなんとも言えないなあ」と伝えました。
そこから大人ってなんなのかとか取り留めのない話をたくさんして。
その中で一つ、私自身が彼女に話していて腑に落ちたことがあります。
よくあるひいき、お気に入り問題。「先生は差別をする。」そういう感情を抱くのは、「私」対「先生」という1vs1の関係で見ているから起きる感情で、先生の立場からしたら、「私」対「クラスの生徒」という1vs30の関係。では条件を合わせて同じように「私」対「クラスメイト」っていう1vs30で考えてみた時に、先生の立場が理解できるはずでは?あなたはクラスでいつも仲良くしてるメンバーとクラスの端っこで本を読んでいるような根暗な生徒を同じように扱い、仲良く接してるの?っていう話です。
絶対そんなことしているはずないのに、先生ってだけで悪く言われちゃって。なんて人間は都合のいい生き物なんでしょう。
でも逆の立場でも同じようなことが言えて、私も子供だからって理由で決めつけて、ちゃんと別の側面から物事を見ないこともあるよなと感じました。
そう考えると、人間関係に上も下もないし、指導とか教育って言葉ももはや存在しないのかもとか思って。とりとめのない思考に苛まれました。笑
そうなると私の仕事や教育者ってなんぞやと思いますが、でもAIには取られない仕事として根拠のない自信はあって。
とりあえず、何気ない日常からも学びを得ながら、自身の教養を高めていきたいなと感じたわけでありました。


