たまたま見かけたこの動画(26:27-30:44)で少し考えたことを書き記しておきます。
「もう今はテクニックじゃなくてフィジカルなんだ」
「ファンタジーあるプレーはもう見られない」
かつて私もサッカーを始めた頃、ファンタジスタと呼ばれるスーパースターのテクニック集を何回も見ていました。創造性あふれるプレーに魅了され、そんな選手になりたいと憧れを抱いていました。
そこから月日が流れましたが、この2人の対談を見て、あの時の熱中や熱狂を私自身も忘れていたように感じたと同時に、今のサッカー界に少し寂しさも感じました。
今後はAI技術が発展し、誰でも選手の体調管理、プレー分析、試合の分析、そこから理想のトレーニングプランの構築など様々なことが誰でも出来るようになっていくのかもしれません。
データや数字、相手の分析を元に勝つためのタスクを実行する選手のプレーが増え、サッカー自体のレベルは上がるかもしれないけれど、もしかしたらファンタジーは見れなくなるかもしれない。選手の発想がダイレクトに反映されなくなっていくかもしれない。
誰でも出来るようになることが増える反面、AIには絶対できないものである選手との熱量あるコミュニケーション、モチベーターとしての振る舞い、チームビルディングの手法などそういった能力の差が顕著に現れるかもしれないし、はたまたコミュニケーションスタイル自体も今後変わっていくからそうとも限らないかもしれない。
世の中の変わるスピードはどんどん早くなっていく。なんでもなんでも効率化。でも本当にそれで大丈夫なんだろうか?
かつて私が指導者として活動していた頃、ある日思いつきで1vs1のトレーニングを「ゴールを決めたら普通に1点、でも華麗なテクニックで相手を抜いてゴールを決めたら5点、周りのチームメイトがおおっ!って声が漏れちゃうくらいすごいファンタジー溢れてたら10点」というレクリエーションルールに急に変えてみたことがあります。
間違いなくサッカーやトレーニングの本質からはズレているので日常的には出来ないけれど、その時の子供達の様子がすごく印象に残っています。
1vs1というトレーニングに対して真顔で真面目に取り組んでいる様子から、どんなテクニックを使おうかな、どうしたら周りがびっくりするかな、とアイデアをフル回転させている姿やそこから生まれる様々な発想やテクニック、プレーが成功した時の喜びの表現や憎たらしい笑顔、相手にけちょんけちょんにされた時の悔しい表情や気持ちなど子供達の様子に彩りある変化が起きました。
あぁこんな風に純粋にサッカーを楽しんで、様々な発想で遊ぶようにプレーすることがずっと出来たらいいよなあと思ったことを覚えています。
もちろんそういう変化が起きてしまっている時点で私の普段の指導に問題があるとも言えるし、ファンタジーがすべてではないし、原理原則の理解だって間違いなく重要で、競技レベルやカテゴリーによってもまた違うかもしれない。
だけどサッカーがすべて指導者によって管理されるものになり、勝ち負けがその能力勝負のみになるんだとしたら、きっとつまらないし、とっても悲しいです。


